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今日のダーリン 2012/5/27(Sun)
F
・「がんばれ」とか「がんばる」ということばは、
 いつごろからか、けっこう使いづらくなってきています。

 すでにがんばっているのだから、
 「がんばれ」と言われるのは心外です‥‥とか、
 「がんばれ」と言われると萎縮して
 精神的にダメージを受ける人もいるんです‥‥とか、
 「がんばれ」と気軽に言える人は、
 なんか他人事みたいで無責任な気がします‥‥とか、
 たしかに、そういうことも言えるかもしれないのですが、
 ぼくには「がんばれ」が無くなっちゃってもいい
 とは思えないんですよね。
 
 ここでは「がんばれ」でしょう、
 という場面はいくらでもありそうです。
 そして、ぼく個人は「がんばれ」と言われても、
 だいたいはうれしい気持ちになると思うんです。
 軽く言われるのも、他人事として言われるのもいいです。
 日常で交わされることばのほとんどは、
 軽くて意味の薄い肩をぽんっと叩くようなもんですから。
 
 「がんばれ」よりも、もっと好かれてないのは
 「がんばりたいです」ということばですね。
 しっかりと「がんばります」でいいじゃないかよ、と。
 はじまる前からうまく言い訳をしているようだ、と。
 たいそう評判のわるいセリフなのですが、
 これについても、ぼくは
 「しょうがないじゃないか!」と思ってます。

 がんばる場面があったらがんばりますよ、誰だって。
 だけど、「がんばろう」という状況がない場合は、
 がんばりようがないじゃないですか。
 例えば、職がないとか、仕事が入ってこないとかね。
 「がんばる」場があちこちにあるのが、
 ひょっとしたらいい社会なのかもしれないです。
 被災地に雇用をつくるとかっていう問題や、
 復興計画をどうするかっていうことなんかも、
 「がんばりたい」人たちの場をつくるってことでしょう。
 そしたら「がんばれ」るもの‥‥。
 ぼくら、そのために、なんとか「がんばりたいです」。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
でもあえて「あんまりがんばらない」っていうのもあるね。

付加価値から取る税金
F3
永田町徒然草

No.1501 

東京は今朝から良い天気だった。これも今日までくらいで、天気は崩れてくるらしい。梅雨前線が沖縄から北上している。個人的な願望だが、梅雨入りはできるだけ遅くなって欲しい。今年は五月晴れの日が3日ともたなかった。日本人には、やはり五月晴れが必要なのだ。天気が良くないと、元気が出ない。自由主義社会は国民の頑張りによって国富が増大するのだ。

今朝NHKの日曜討論を見た。8政党の政策責任者が出演していたが、消費税の増税にハッキリと反対する政党もいた。しかし、国会での勢力はごく僅かだ。こういう状態では野田首相が政治生命を懸けている増税法案が通る可能性が大きい。政治的には民主党の裏切り以外の何物でもないが、政治を長い間見てきた者に言わせれば、このようなことが普通に通るようになったのだ。その原因は国民の政治的資質と言わざるを得ない。

増税勢力は最近ギリシャ危機を取りあげて、財政再建のために消費税の増税が必要だと言い始めた。あるアメリカの格付け会社の日本国債の格付けを引き下げたことが大きく報道された。財政再建は大切だが、財政再建を真剣に考えるならば、国政全体の支出全体を全面的に見直すことが基本である。「社会保障と税の一体改革」の特別委員会で、財政支出全体の見直しなど少しも議論されていない。

この際、社会保障の支出を見直すことは必要だが、社会保障以外の支出を見直すことはもっと重要である。私に言わせれば、わが国の財政支出は無駄の固まりである。そういう目でみれば、財政支出は大幅に減額できる。財政支出と税収の乖離を増税で埋めることは、わが国の過去の経緯をみれば極めて困難なのである。財政支出は政治が決められるが、税収は国の経済によって決まるのだ。

“成長戦略”という言葉が、世界中のあちこちで最近使われいる。日本では公共事業が成長戦略として使われた。フランスでは公務員を増やすことが成長戦略だという。財政で雇用や物を動かせば、一時的に表面上はGDPは増える。従って税収も増える。しかし、その原資が税金である以上、財政再建に寄与することは難しい。政治が経済を成長させることは非常に難しいことなのだ。暗愚な政府のできることではない。

経済を成長させるのは、市井の経済人・商売人である。政治の役割はその経済活動を支援することである。支援ができなければ、最低その邪魔をしないことである。わが国の現状はどうであろうか。規制と経済活動の邪魔をすることを職務と思い込んでいる役人が多い。小泉改革で大きな損害を被ったのに、経済人には規制緩和をして欲しいという声が圧倒的に多いことがそのことを証明している。

行政や役人の行っていることがこのようなものならば、そのような分野にこれ以上お金をやる必要はない、と私は思っている。国や地方自治体は余計なことを行うことでなく、国民を豊かにすることである。消費税の本質は、国民の付加価値(労働所得)から容赦なく税を取るものである。本来ならば付加価値を生じさせた者に帰属する所得を国が収奪するのである。所得が多くなれば、消費に廻る。消費が増えれば需要が生まれ、供給が増える。

国民を豊かにすることが政治の仕事である。「国民が豊かになる中で慎ましい行政を行うのが、自由主義社会の行政・政治である」というのが、自由主義者である私の信念である。この不景気の中で、国民は必死に頑張っている。それでも生活はギリギリである。そんな中で必死に働いて得た労働所得から“政治生命を懸けて12・5兆円を取る”とわが国の首相は叫んでいる。笑えない、信じられない政治光景である。

もう一度いう。消費税とは消費にかける税金ではない。働いて付加価値を生んだ者から取りあげる税金なのである。付加価値に対して消費税という名目でこれを現実に払うのは、付加価値を生んだ事業体(会社・商店など)なのである。この時点で国民の所得が官のものになるのだ。同じお金でも民間から官に移った段階で正常な経済活動から離れ、塩付けになってしまう。

官に移ったお金は、先に述べたように経済活動に寄与することは著しく少なくなってしまう。いや経済活動を阻害することにも使われてしまうのだ。私は国益をやけに強調する者をあまり信用しない。国の財政が破綻すると強調する者も、国益を強調する者と大差ないと思った方が良い。財政再建を主張するならば、なぜこのように国債残高が増えたのかをまず総括してもらいたい。増税で財政再建など残念ながらできないのだ。

一般的に戦略の策定では、
「選択肢を残しておく」
ということが極めて重要になる場合が多い

今日もよしりん先生
登場です!
・・・・・

発達障害の子供を
「伝統的子育て」で予防・防止できる
(発達障害は親のせい)という
維新の会の市議団の条例案に
対してネットでの反乱が起こり、
橋下徹が追い込まれて
ツイッターで火消しに
躍起になったという。


発達障害を治す
「伝統的子育て」
って何なのだ?


新自由主義と競争原理、
そこに伝統を
原理主義的に持ち込むと、
ナチズムに近似したものになる。


ましてや橋下という
ヒステリックな煽動者が
それを推進すると、
まさにヒトラーのエピゴーネンが
出現してしまう。


本人が独裁者に
なりたがっていたのだから
パロディにしか見えないのだが、
それでも熱狂する大衆が
出てくるのだから笑えない。


政治は面白くあるべきだとする
風潮がここまでに至らせたのだろうが、
メディアや知識人の責任は重い。


わしは、ナショナリズムが
もはやポピュリズムに
成り下がったと見ている。


『戦争論』や
「新しい歴史教科書の会」
などの活動を通して、
自虐史観の相対化を進めた結果、
あれから十数年経つと、
ナショナリズムは
大衆受けするものになってきた。


かつてナショナリズムは
痛みを伴うものであったが、
最近は痛みを伴わない
ナショナリズムが暴走している。


左に重心を置けば
どんどん左に傾いて歯止めがきかず、
右に重心を移せば
どんどん右に傾いてバランスを崩す。
これは日本人の習性なのだろうか?


ついに最近では、
「伝統」という言葉までが
まったく無意味に
使い回されるようになってきた。


ヒステリック・橋下のブレーンには、
新自由主義の経済学者と、
伝統原理主義の学者が混在しているらしい。


これって産経新聞の論調によく似ている。


グローバリズムに身投げする
新自由主義で、
経団連・多国籍企業を
全面支援し、
それによって溶解する
地方・国家・国民を
ナショナリズムで
偽装補強する
という戦略の構図だ。


どうせ格差は拡大するのだから、
下層に落ちた連中の
排外主義的なナショナリズムが
勢いを増すことになる。


コンプレックスとルサンチマンを
溜めこんだ下層民たちの
反権力志向を逸らすために、
「君が代」や「靖国神社」や
「反韓・反中感情」や「在日差別」や
「伝統」が利用される時代がやってきた。


中国の手法に似ている。


小泉元首相がやったのと同じ手法が、
エキセントリック橋下においても
使われている。


新自由主義、グローバリズムは
必ず排外主義とセットになる。


ヨーロッパのどの国を見てもそうなっている。


かつてわしが共に戦った
保守系知識人たちも、
その「パトリなきナショナリズム」に
動員されていくに違いない。


「伝統」という言葉には
今後特に警戒しなければならない。


憲法24条第1項の
「婚姻は両性の合意のみに
基づいて成立し」を改正すれば、
祖先を敬う家族共同体が
再生されるというような
アナクロニズムの極致としか
言いようのない主張をする者がいるが、
皇統の男系絶対主義と同様の
カルト化した
「伝統原理主義者」である。


わしを始め、
いまやほとんどの国民が
核家族で育っているのだし、
今さら大家族に戻れるわけが
ないことくらいわかりそうなものだが。


同棲、事実婚が増えるだけだ
ということは馬鹿でもわかる。


伝統を唱えながら、
少子化を加速させて
国民を滅ぼそうというのが、
「伝統原理主義」の
倒錯した愛国心だ。


新自由主義と伝統原理主義の結合、
エキセントリック橋下に見られる
危険なイデオロギーを見ぬけず、
政治の閉塞状況を破壊する
「突破力」とか「狂気」などと言って
持ち上げるメディアや知識人たちは、
どうせ責任をとりはしない。


小泉構造改革の火種は、
ヒステリック橋下に受け継がれている。


そして国民は、またもや小泉時代の、
抵抗勢力を排除する快感に酔いしれて、
改革祭りを始めるのだろうか?

United States Circumvented Laws To Help Japan Accumulate Tons of Plutonium « « DC BureauDC Bureau 

「グローバル人材」と「学校教育」の間には相関性がない。

原発を止める裁量行政が日本経済を破壊する 民主党政権がもたらす電力不足と6兆円の損害 

日本の原発全50基「停まりました」。

マスコミはまるで吉永小百合さまが「閉経」なされたごとくに

「停まった」「停まった」と大騒ぎをしております。



マスコミは危険をあおって部数や視聴率を稼ぐ商売でございます。

自分たちが儲かるためには国民や国がどうなろうとかまわないのでございます。



鬼畜米英と大衆をあおり立て戦力、国力を比べれば

万が一にも勝ち目のないことがあきらかであった太平洋戦争に突入にさせた

「あのヤリ口」と一緒でございます。



当時のマスコミは8月15日の敗戦の前日まで

「神風が吹く」ことを信じさせ竹槍での本土決戦をたきつけ

一億総玉砕を叫んでいたのでございます。



竹槍で襲って来る飛行機を撃ち落とす、

などとパプアニューギニアの奥地に棲む未開人のようなことを

本土防衛に燃える当時の日本人は真面目に考えていたのでございますから

「一億人すべて催眠術に患かっていたといってもいいのでございます。



このたびもマスコミの口車にのって多くの国民の間では原発全停止が

なにか「おめでたいこと」であるかのような風潮がございます。

70年前の太平洋戦争を思いおこさせる「日本人の精神の破綻」でございます。



5月4日韓国政府は日本海に面する慶尚北道、ウルチンで

2基の原発の起工式を行ないました。

韓国の「エネルギー正義行動」なる「反原発グループ」は

「原発推進を強める李政権の姿勢は遺憾だ」との抗議声明を出しました。



これに対して李明博大統領は

「新たな原発は地震、津波などのあらゆる災難に耐えられるものである」

とし「原油が一滴も出ない韓国にとって、原発は、選択ではなく必修だ」

と今後とも国のエネルギーの基本として「原発を推進」していくことを

断固として言明したのであります。



韓国政府は現在21基の原発を30年までに

17基多い38基に増やす方針を持っております。



「原油が一滴も出ない韓国にとって、原発は、選択ではなく必修だ」

の李大統領の言葉は

まさしく日本及び日本人に突きつけられた言葉でございます。



先の太平洋戦争も国の独立を担保する

石油エネルギーを求めての戦いでありました。

エネルギーの確保は国の独立を左右する、

は国の安全と独立を考える上での「最低の常識」であります。



「原発が停まってオメデタイ」と騒いでいるオメデタイ人達はこれから先

石炭、石油、ガスの90%のエネルギー源を海外に依存していくことの

どこが「オメデタイ」と大喜びしているのでありましょうか。



人口500万のデンマークなどの小国などは別にして、

世界の国々の趨勢は「原発推進」にあります。

お隣の中国では今後20年間に約100基の原発の着工が計画されています。



チェルノブイリのウクライナではあの悲惨な事故があったとき

17基あった原発を全て停止しました。

しかし3年も経たないうちに国の経済が崩壊しました。



ウクライナ政府は国民の生活が第一である、と原発の再開を決定しました。

チェルノブイリ当時17基あった原発は

現在では19基と「2基」増えております。

現在ウクライナはEU圏への加盟をうかがうまでに

国の経済をもち直しております。



ウクライナエネルギー担当の責任者は

「これから10年から15年先、原発に替わるエネルギー源は考えられない。

国民の生活を守ることを第一にしている我々の選択は決して間違っていない」

と語っています。



私たちは福島第一原発が世界に与えた影響を

「原発の事故は恐ろしい」との認識を持っているのでございますが

世界の受け止め方はそうではありません。



福島第一原発の事故は同時に大地震と大津波にあい

4基の原発がアタックされるという未曾有の事故でした。

が「原発」の事故では一人も死者が出ませんでした。



このことで原発にたずさわる世界の専門家や官僚、政治家に

「原発は安全である」との認識を植えつけたのであります。



皮肉なことに福島第一原発の事故によって

「原発の安全神話」が揺るぎないものになったのです。



福島第一原発の事故以降、避難住民が一年以上も経つのにもかかわらず

まだジプシーのような放浪生活を強いられています。

これは福島第一原発のせいでなく、

責任を担うべき行政と政治家の怠慢によるものです。



橋下徹大阪市長さまはマスコミの神輿に乗って

「大飯原発は危ない、安全性が担保されていない」

と鬼の首を取ったような騒ぎをしております。



橋下大阪市長さまは地震の専門家の間で

1000年に一度やってくるといわれる大地震を根拠として

「大飯原発は危ない」とヒステリックに声を上げているのでございます。



ならば橋下大阪市長さまは同じ1000年に一度の確率で起きると想定される

和歌山から高知県沖にかけての大地震による大津波災害には

どのような有効な手をうたれているのでありましょうか。



その1000年に一度の大地震によって高知県のある港町には

40メートルの大津波が押し寄せてくる、といわれております。

関西空港は津波によって完全に水没し、

大阪湾にも最大6mの津波が押し寄せてくることが想定されています。



最悪の場合数千人以上もの大阪府市民の命が奪われる恐れがある、

ともいわれています。



橋下徹大阪市長さまが自分のケツメドからタレ流れているウンコを

そのままにして「大飯原発」の危険性をウンヌンするのは

チャンチャラ可笑しいのでございます。



その前にお膝元の大阪府市民の

「命と暮しを守る」政策を打ち出すべきでございます。

それで初めて大飯原発の危険性について

言及する資格があるというものでございます。



大嘘つきのカマシ野郎め、でございます。



大飯原発は1000年に一度といわれる福島第一原発を襲った

大津波と地震を教訓として、最大の原因とされた全電源喪失

に対処するために高台に非常用電源を確保致しました。

橋下徹大阪市長さまより余程「有言実行」の誠実な取り組みでございます。



であるにも関わらず滋賀や京都の首長さまが連名で

「我々は大阪府民の水ガメである琵琶湖の安全を預かっている。

万が一、放射能に汚染された物質が琵琶湖の水を汚染したときを考えると、

大飯原発の稼働には賛成できない」主旨の声明を出されたのでありました。



そして大飯原発を再稼働するにあたってテロリストによる原発の攻撃、

大型旅客飛行機が原発に落されてきたときの対応、隕石等の不可抗力による

落下物に対する安全性をどのようにするかにまで及んだのでありました。



どんだけの恥知らずの語り屋どもでありましょうか。

語り屋どもはどこの国のテロリストが

いまどき原発を狙って攻撃を仕掛けてくるというのでしょうか。



北朝鮮であれば原発攻撃などと「犯人」と分かればたちどころに

総攻撃を喰らって国が破滅するようなトンマな方法をとらず敵は一挙に

東京、大阪、名古屋にミサイル攻撃を撃ちこんで来る筈でございます。



原発に大型飛行機が墜落することを心配するなら

あの広い琵琶湖に大型飛行機が墜落して搭載されているジェット燃料によって

湖水が汚染されることを心配することが先でございましょう。



テロリストが身元がバレる危険性を考えた時、

闇夜、琵琶湖の湖面に手漕ぎボートを浮かべてバケツ4、5杯分の青酸カリや

猛毒な細菌兵器をバラまいた方が何倍も安全で効果的なのでございます。



「大飯原発が恐い」とワメかれている滋賀県や京都府の語り屋首長さまは、

ご自身がおっしゃる通り「万が一の安全対策」を

実行済みの上の発言なのでございましょう。



関西圏の「大飯原発」の再稼働に反対する首長さまたちは

他人の家の火元を気にするヒマがあったら

その前に自分の家の火元の取り締まりをしろ、というのでございます。



福島第一原発の事故で「自分さえ良ければ他人などどうなってもかまわない」

という本性のあさましい根性の人間を見ることが出来ました。



その最たるあさましくもエゲツナイ者たちは

「メガソーラービジネス」に名乗りを上げた者達でございます。



彼等は「政府」と交渉して大手電力各社が1キロワット10円前後の原価で

発電している原子力、水力、火力、ガス、石油、石炭の電気を

1キロワット42円で買い取りさせることに成功したのでございます。



それら「メガソーラー」企業が発電した

1キロワット42円で買い取った電力を日本の電力各社は

送電網使用コスト、技術料、諸経費等を加えて一般の消費者が使う

電力代金にプラスして販売されるのでございます。



ちなみに「メガソーラー」電力各社から買い取った

1キロワット42円の電気代金は消費者に売り渡される電気代となりますと

約100円近くになるのでございます。



42円で買ったモノがどうして100円になってしまうのか、

何とも納得できないものがございますが、

電力各社にはそれでなければ「電力の安定供給が出来ない」

との主張でございます。



「メガソーラービジネス」は貧乏人イジメのビジネスでございます。

一般の貧しい庶民が負担を強いられることになる

「ベニスの商人」のようなアコギな商売に参入した守銭奴どもの

厚顔無恥ぶりにはあきれるばかりでございます。



孫正義さまは「メガソーラービジネス」の旗手としてもてはやされております。

孫正義さまはことあるごとに「日本を愛している、日本に恩返しをしたい」

と愁傷なことを口に出されているのでございますが、その本当の腹のウチは

「利用できるなら愛国心だって競売に出す」でございます。



孫さまにお聞きしたい、あなたのお名前の

「正義」とは如何なる意味の「正義」なのでありましょうか。



こんなテライに影響され「メガソーラー」ビジネスに参入して

「弱い者イジメ」に真の日本を愛する日本人なら

決して加担することがあってはならないのでございます。



政府は「計画停電など視野に入れて」などと

久しぶりに一晩に3発イタしたオヤジのごとく

腰の定まらないことを言い出しておるのでございますが、

あの昨年の関東での計画停電の悪魔をもうお忘れなのでありましょうか。



久しぶりに親子の対話が出来て良かった、

などとモグラの家族のようなことを言っているオヤジがおりましたが

真ッ暗闇にならなければ会話がはじまらないのであれば何も計画停電によらず

電気を消して家族会議をはじめれば良いだけのことでございます。



「計画停電」は百害あって一利なし、

なんとなれば人命は必ず奪われることになるのでございます。



世の中には昼といわず夜といわず電気が無ければ

10秒と生きていくことが出来ない困難な状況を生きている人達が

沢山おられるのでございます。



ICUに入られている重篤な方、

未熟児の保護カプセルの中でなければ自力では生きていけない赤ん坊、

ベットの上で自力での呼吸が出来ず酸素ボンベの力を借りている方々、



人工透析を受けられている方々、

手術台の上に乗って手術を受けている救急車で緊急搬入された病人、

等その数を数えればハンパな数ではないのでございます。



それらは全て自家発電装置が完備されている

施設や病院で治療を受けているとは限りません。

自家発電装置の無い場合には緊急に装置を備える必要があるのでございますが、

施設や病院側の経済的、技術的、精神的負担は相当なモノがあります。



技術的に余り扱いに不馴れなスタッフが

ミスを犯し担当患者を死に至らしめる、

といったことも十分に考えられるのでございます。



また経済的損失も計り知れないモノがございます。

炎天下40度近い直射日光を逃れるようにコンビニや飲食店、

デパートに入ったら、そこはまた外と同じようにウダルような暑さだった、

ではとても消費する気にならないのでございます。



現代のオフィスは窓が開かないように設計されています。

日中2時間冷房もないままであれば

たちどころにサウナと化すのでございます。



大中小に限らず工場などはほとんど24時間フル操業でございます。

例え一日、二日1時間でも2時間でも停電することによって出る損失は

企業の存在を危うくするものでございます。



「計画停電」で死者が一人でも出たら

その大半の責任はミコシの上で旗を振った徹さまにあることを、

いまから覚悟なさっておられるがよろしい。

朝まで生テレビ、を見ました。

テーマは沖縄、問題でございます。



司会の田原総一郎氏によれば「沖縄」は視聴率を稼げない、のだそうです。

「でもあえて今回は沖縄を取り上げることにして、

わざわざ沖縄にやって来て生放送をすることにした」

とのことでありました。



何故今回あえて沖縄を取り上げ沖縄から生放送をしたか、

について田原氏は説明をすることはありませんでした。



出演者は著名な軍事評論家、与党民主党の防衛問題に詳しい政治家、

元米国政府の日本担当部長、外交評論家、元沖縄県知事、

沖縄問題に詳しい自民党女性議員、沖縄選出民主党女性議員、

琉球大学教授、地元放送局政治部長、中国人大学教授

と多士多才な面々でございます。



「普天間」から「辺野古」への基地の移設が可能か、

という問題で出演者がケンケン、ガクガクの討論をしているときでした。



出演者の一人、元沖縄県知事の太田さまが唐突に

(と手前どもには思われたのでございます)

少々興奮気味にこう発言されたのでございます。



「沖縄は先の戦争で戦場になった。

その結果非戦闘員である多くの一般庶民が戦争に巻き込まれて命をおとした。

沖縄は日本の「本土の捨て石」にされたのだ。



捨て石にされたその上に沖縄県人は戦後これまで人間扱いされずに

様々な犠牲の中に生きてきた。



沖縄は平和の島でありたい。

もう先の戦争の時のような悲惨な体験はご免だ。

だから直ぐにでも沖縄から米軍は出て行って欲しい」



太田さまはかくなる「被虐史観」をこれまで公の席で

何百何千何万回と述べられてこられて来たのでありましょう。



よどみなく滔々と、

86歳の高齢の年齢には思えぬほど濶舌よく述べられたのでございました。



「沖縄は本土の捨て石にされた」の太田さまの千両役者のセリフを聞いて

出演者御一同さまからは寂として声が出ることが無く、

沈黙あるのみでございました。



討論会は続き

番組は最後に会場に招いた沖縄市民50人にアンケートを行ないました。



いますぐ米軍に出て行って欲しい、

に「イエス」と手を上げたのは50人全員でした。

次の米軍が出て行った後は変わりに自衛隊に駐留して欲しい、

との質問に対して「イエス」と手を上げられたのは一人でした。



後の49人は太田さまの意見と同じく

「沖縄は平和の島でありたいのだから、

軍隊と名の付くモノは一切出て行って欲しい」

との考えを示されたのでありました。



沖縄を取り巻く周辺の状況はどうなっているのでありましょうか。

南シナ海にある島々の領有権をめぐってそれぞれに領有権を主張する

中国とフィリピンの間でかつてない緊張が高まっています。



ある海域では中国側は漁業取締船なる「公船」を出し、

フィリピン側は沿岸警備隊の警備艇を出して

相方一歩も引かぬニラミ合いがもう一ヶ月近く続いています。



この30日、ワシントンで米国とフィリピンの外務、国防大臣による

4者会談が開かれました。米国とフィリピンの外交史の中で

4者会談が開催されたのは初めてのことでした。



この会議では南シナ海全域を自国の領海内である、と主張して

膨張主義をとる中国に如何に戦略に対処するか、が話し合われました。



今後米国は自国の領海を守るフィリピンに対し

必要な軍事的経済的支援を惜しまず行なうことを約束したのでございます。



去る4月28日、

日本政府もまたフィリピン、ベトナム、マレーシアの各国に対して

沿岸を守るために必要な巡視船のODAによる供与を発表しました。



それらの巡視船には最新の設備が施され、

なかには真ッ暗闇の海でも見わたせる

最新鋭の暗視装置などが装備されることになっています。



中国とフィリピンの領海をめぐっての争いは

今に始まったことではありません。

中国が大胆に南シナ海に食指を延ばしはじめた2006年初頭から

南シナ海での争いが顕著になってきました。



フィリピンの漁師が中国の漁業取締船と思われる船から

銃撃を受けて死亡する、という事件が相次いだのであります



しかし現場にはフィリピンの漁師の死体と漁船しか残っておらず、

目撃者もいないことから

明確に中国の漁業取締船による犯罪と特定することは出来ませんでした。



が死んだフィリピン漁師の死体から検出された銃弾によって

中国軍および中国軍に属するものの犯行と特定されたのであります。

また中国の漁業取締船に連行されたまま、

行方知れずとなった漁師と漁船の事件も多発しました。



フィリピン政府は再三にわたり中国政府に抗議を行なってきましたが、

中国政府は「明確な証拠がない、言いがかりである」と

撥ねつけてきたのであります。



同様な事件は

ベトナム、マレーシア、インドネシアの領海内でも起き続けました。



そしてこのたびフィリピン海軍の軍艦が出動して

違法な操業をしていた中国漁船4隻をだ捕したのでありますが、

中国の漁業取締船3隻に囲まれて、

やむなく釈放するという屈辱を味わったのであります。



このときフィリピン海軍が

先に中国船をだ捕した際事情聴取して明らかになったことは

1500キロ離れたその海域に到着するまでに

中国漁業取締船によって給油を受けていた、という事実であります。



領海侵犯はまさに中国政府主導のもとに行なわれていたのでした。

堪忍袋の緒がきれたフィリピン政府はアメリカに助けを求めました。



中国が南シナ海を自国の海とすることに危機感を覚えていたアメリカは

フィリピン政府の要請を受けて全面的に協力することを約束したのであります。



アメリカの親分の後ろ盾があれば中国といえども恐るに足らず、

となってフィリピン側が勢いずき、

かつてない緊張を南シナ海にもたらしているのであります。



フィリピンやベトナム、マレーシア、インドネシアと

紛争を続ける南シナ海の領海と同じく、中国政府は尖閣列島も

「中国の誇ることが出来ない核心的利益である」と表明にしています。



尖閣は中国政府の領土なのだから、

南シナ海と同じく武力をもって奪還することも辞さない、との考えであります。



中国人の葉教授は番組の中で「中国政府あるいは中国海軍の一部に

冒険主義的な危険な領土への野心を持っている人たちがいることは

認めざろうえません」と語られました。



もはや中国人の良識的知識人でさえも

中国政府と海軍の一部の軍国主義的動きを懸念している現実があります。



こうした沖縄を取り巻く環境が風雲急をつげる中で

番組の中で行なわれたアンケートの結果が

「米軍は直ぐに出て行って欲しい」が100%を示し

「米軍も自衛隊もいらない」が98%という考えは

どこから来ているのでありましょうか。



それはまさしく太田さまが申された

「沖縄は本土の捨て石にされた。

沖縄県人は戦後これまで人間扱いされてこなかった」

との「被虐史観」から大きな影響を受けています。



40年前沖縄が本土復帰を果たした頃は

「沖縄は本土の捨て石にされた。

沖縄県人は戦後これまで人間扱いされてこなかった」

の「被虐史観」はいまほど顕在化していませんでした。



もしそうした認識が沖縄県人の本流のモノであったなら

沖縄は本土復帰など願うはずが無かったのです。



復帰を果たして10数年ほど経ち、

太田知事が知事になられた1990年頃から

より多くの沖縄に対する復興資源を日本政府からブン取ってくることが

沖縄県知事に相応しい「能力」と求められるようになりました。



前年より1円でも多く予算をブン取ってきて、

建設や土木、港湾といった沖縄の利権を牛耳る勢力へバラ撒くことが、

次期知事選に当選することにつながったのです。



この頃から沖縄県の首長たちが上京して

政府の要人やときの政権党幹部と会うごとに

「沖縄は本土の捨て石にされた。

沖縄県人はこれまで人間扱いされてこなかった」

の太田さまが宣う「被虐史観」が勢いを増していったのです。



また政府や政権政党の要人も、沖縄への特別な予算を付けるにあたって

「沖縄を本土の捨て石としてきた罪は償わなければならない」

と衆参両選挙での票集めの金のバラ撒きと

利権の確保の免罪符に「被虐史観」を利用していったのであります。



「被虐史観」は沖縄の利権を守る利権屋集団の「葵の御紋章」となりました。



太田さま等がとなえる「被虐史観」は今日、

大手マスコミや良識ある学者の検証を得ることのないままに

「神話化」されております。



なぜならば「被虐史観」に対して異論をはさむと

「歴史を学んでいない」「沖縄の悲しみを知らない」

と沖縄の官民上げての「世論」に袋叩きに合ってしまうから、でございます。



オ〇ンコ商売をしている手前どもの目的は

「人生の本当の幸せ」を掴むことにあります。



SEXを通じて「人生の本当の幸せ」を掴むためには間違った情報、

例えば膣の中に射精してもコーラを中で噴射させれば

精子が死んでしまうから大丈夫、といったウソ情報に

惑わせることない「見識」を必要とします。



沖縄県人は「被虐史観」の囚われた人となって

「なんでも本土が悪いと言っていれば何とかなるさ」

の他力本願の甘えん坊となっているキライがあります。



沖縄県人から誇りの自立心を奪った元凶、太田さま等が

十八番のオハコとする「被虐史観」の嘘をいまこそ暴いて白日のもととし

良識ある沖縄県民に警鐘を鳴らしたいと存じます。



太田さまは「沖縄は本土の捨て石にされた」

と申されているのでございますが「嘘」でございます。



先の戦争では3月10日の東京大空襲で約10万人の命が奪われました。

原爆投下で広島では20万人、

長崎では10万人の命が一瞬のうちに奪われました。



また沖縄戦では20万人の軍と民間人の命が奪われたのでございます。

日本全土でその他空襲のために

沖縄戦と同じ約20万人の民間人の命が失われています。



「捨て石」というなら

東京で死んだ10万人も広島の20万人も長崎の10万人も

その他全国で空襲にあい命をおとした20万人も

「捨て石」でございます。



沖縄だけが本土の「捨て石になった」なる理屈は通らないのでございます。



全ては戦局でございました。

日本軍は南方を主戦場と考え多くの兵隊をもって侵攻しました。

が食糧の補給がウマくいかず兵隊さんたちはジャングルの中で

飢餓に苦しみ死に絶えていったのであります。



戦争で死んだ300万将兵のうちその9割は

戦わずして飢えが原因で死んでいった、といわれています。



まさしく日本陸軍参謀本部や日本海軍軍令部の官僚どもの

「作戦ミス」によるものでした。

これら日本の最高の頭脳が集まったとされた集団の本性は、

恥知らずの腰ヌケであります。



彼等の中枢は8月15日日本が敗戦と決めた日、

沈む船から一早く逃げ出すネズミのように姿を消したのであります。



彼等には「生きて慮因の辱しめを受けず」との戦陣訓をもって

死に追いやった300万近い兵隊に対する責任感などゴウもありませんでした。



ただ可愛いのは自分だけ、

いざとなったら御身大事にいの一番に逃げる、のエゴイズムが

日本最高の頭脳の集団といわれた高級官僚の正体であったのでございます。



こうした「白アリ根性」は今においても霞ヶ関の官僚に

巣喰っていることを見ることができるのでございます。



8月15日敗戦の日

「生きてい慮因の辱しめを受けず」の戦陣訓通りに

手前の腹をカッさばいて自死したのは

ときの陸軍大臣阿南と特攻生みの親大西中将らわずか数名でした。



あのとき参謀本部と軍令部の幹部等が

一団となって腹をカッさばき首をおとしたのなら、

戦後の「日本の心」は現代とは大部違った

見事な物語をつむいだに違いありません。



許せざるは東條でございます。

米軍の憲兵が連れに来るまで綿々として生き長らえていたのでございます。



真ッ先に8月15日に自死して然るべき立場でございました。

なのに何たる卑劣者でありましょうか。

近衛も米軍から呼び出しを受けて

ようやく青酸カリによって命を絶った有り様でございます。



自分たちの決断で

赤紙一枚で召集した300万の尊い命が失われたことを思えば

8月15日その日敗戦の決まったその瞬間に

命を絶って然るべきであったのでございます。



戦犯となって絞首刑となった七人のA級戦犯の

靖国神社への合祀が話題となっておりますが、絶対反対でございます。



彼等は米軍によって捕らわれ裁判になる前に、

300万英霊への鎮魂のために

8月15日自死して然るべき立場の人間でありました。

米軍の裁判が正当であったか否かはその後の話でございます。



先の戦争で父親の弟3人、母親の弟一人が戦死しました。

靖国に眠る約300万英霊は

東條をはじめとする死に遅れた「命汚い男」達と一緒に

靖国に祀られることを断じて受け入れることを拒否するでありましょう。



8月15日、中国大陸には150万の関東軍の兵士と

100万人の開拓居留民がいました。

雪崩の如く追って迫って来る中国やロシア軍から逃れるために

兵隊たちも民間人も我れ先へと故国日本めざして逃げ出しました。



逃亡途中で幼な児を現地の中国人に預ける、

といった悲しい悲話もありました。



ある婦人は敵の追手から逃れるために

泣き叫ぶ幼な児の首を自らの手で絞めて殺しました。

婦人たちはロシア兵に捕まり犯され子供たちは殺され

大人の男たちは捕虜としてシベリアに抑留されて行きました。



60万人の官民合わせた日本人の男子が

シベリアの奥地2000ヶ所に設営された収容所に収容されて行ったのです。



零下50度という極寒な地で着る物も満足に与えられず

喰べる物とて一日一食といったヒモジさの中で

60万人の捕らわれた人たちは重労働の日々を送ったのであります。



昭和32年、シベリアから最後の送還船が舞鶴港に帰ってきました。

人類史上まれにみるシベリアの地獄の収容の日々に

ようやく幕が降りたのであります。



寒さと飢えと苛酷な労働という人間の限界を超えた環境の中で

それぞれが祖国日本に帰ることを夢みて耐えたのでございます。

しかし6万人の英霊と遺骨が祖国に帰ることが叶わずして

今なおシベリアの地に眠っています。



太田さまにお訊きしたい。

「沖縄は本土の捨て石にされた」というなら

終戦から最後のシベリア抑留船が舞鶴港に着いた

昭和32年までの12年間の間に

米軍によってどれほどの沖縄人の命が奪われたのでありましょうか。



100人でしょうか1000人でしょうか、

それとも一万人でありましょうか。

事実を歪曲して一人ヨガリの「被虐史観」は

たいがいにしろ、というのでございます。



太田さまのその千両役者ぶりを発揮されて

「沖縄は本土の捨て石になった」を聞くたびに、

シベリアに眠る6万の将兵は草場の陰で

不愉快な思いをしているに違いありません。



4月からはじまった沖縄戦は日本が仕掛けたものではなく、

本土進攻の橋頭堡を築くために沖縄が必要である、

との米軍の戦略によるものでした。



捨て石もなにも日本は持てあらゆる戦力を動員して

沖縄を死守するために戦ったのであります。



多くの特攻隊員が沖縄の上空を墓標として散っていきました。

日本が誇った世界最大級の戦艦大和も沖縄を守るために

片道キップの燃料を積んで捨て身の戦いを挑んだのであります。



まさにそれは武器も燃料も食料も途絶える中で

官民合わせた見事な戦いでありました。



沖縄で戦った将兵たちや民間人たちも

「勝つために」必死で戦ったのであります。

どこにも沖縄を差別化して本土の捨て石にする、

という考えは微塵もありませんでした。



8月15日の終戦の前の8月8日、

樺太や北方領土に居住していた在留邦人は

突然ナダレをうって攻め込んで来たソ連兵に襲われました。



婦女子は犯され子供たちや男たちは容赦なく殺されました。

そこでは中国大陸でソ連兵によって行なわれた

同じ悪虐非道の蛮行が行なわれたのでございます。



家族の命が奪われ戦後66年経っても自分達の家がある

択捉や色丹の地に今も帰ることが出来ない人たちが北海道に大勢います。



手前どもはその北海道で若かりし頃10年間、

土地や家を奪われた人達と親しく言葉を重ねる機会がありました。

目の前で母親がソ連兵に犯されるのを止めようとした父親が銃で銃殺された、

という悲劇的な経験をした漁師に会いました。



しかし彼等から一日も早い北方領土の返還を願っていても

自分たちが太田さまが言われるような「本土の捨て石にされた」

なる言葉は一度も聞いたことがありません。



また北海道新聞をはじめとする北海道の主だった

新聞やテレビ、マスコミのなかで沖縄のように

北方領土を奪われた人たちは本土の捨て石とされた、

なる「アホな論評」するマスコミは一社たりともありませんでした。



66年経っても今なお帰ってこない

奪われた我が故郷の家や土地を待つ人たちでさえ

吐くことのない罰当りのセリフを、奪われることの無かった故郷の地に住む

太田さまがよう吐けたものだ、と感心するのでございます。



8月15日敗戦のその日の午後、

警視総監から吉原の売春組織の組合長、

鈴木一馬のところに呼び出しがありました。



翌日、警視総監直々の呼び出しに何事か知らんと、不安の気持を抱いて

鈴木一馬が警視総監室を訪ねると「君を男と見込んで頼みたいことがある、

東京の婦女子の操を占領してくる野蛮な米兵から守ってくれないか」

と警視総監は深々と頭を下げたのでありました。



警視総監の男気に報いる為にと、鈴木一馬は銀座七丁目に

「ホステス5000人募集」の大看板を出しました。

また日本全国に散らばっていた女衒に連絡をして、

田舎から娘たちを買い集めました。



銀座七丁目に看板を出すとたちまちのうちに女性たちの行列ができました。

女性たちはガリガリに痩せ、汚い服を身にまとい

頭にシラミが巣喰っていました。



昭和20年8月30日、

マッカーサーがコーンパイプをくゆらして厚木に降り立ち

米軍による日本占領が始まりました。



鈴木一馬の経営する警視庁御用達の売春宿は

押すな押すなの大盛況となって繁盛しました。

が一年も経たないうちに閑古鳥が鳴くようになったのです。



鈴木一馬の経営するお店の2分の1の金額で

直接客を取るガード下やビルの軒先で街娼に客を奪われたためでした。



良家のお嬢さまも、ヨンドコロなき家柄の奥方も、

生きるために家族を養うために競ってガード下や電信柱の下に立ち、

身を売ったのであります。



ついこの間まで硫黄島やサイパン、ガダルカナル島で

日本兵と死闘を繰り広げていた米兵の心は荒んでいました。

戦友の仇、とばかりに何かあると平気で日本人を襲い殺しました。



ある男性は米兵に道を訊かれて親切に道を教えている時に、

ウシロから一緒にいた仲間の米兵に羽交い締めにされ斬殺されました。

同行していた奥方はそのまま拉致されて行き

一週間後全裸死体となって発見されたのです。



ある家族は突然乱入してきた6人の米兵の襲撃にあい、

女性は犯された上で斬殺、男たちはその場で問答無用と銃殺されました。



昭和27年、米軍が日本の占領を解くまでに

全国で6000人近くの命が奪われ

5000人余りの行方不明者が出たといわれています。



太田さまにお訊きしたい。

昭和20年8月15日から

米軍が日本本土の占領を解いた昭和27年までの7年間の間、

沖縄ではどれほどの数の人命が米兵によって奪われたのでありましょうか。



「沖縄は本土の捨て石にされた」

と熱く主張される太田さまのことでございます。

さぞかしたいへんな数の米兵による

沖縄の人々の虐殺が行なわれたのでありましょう。



太田さまは番組の中で「沖縄が、沖縄が」

と「被虐史観」を述べて悦に入られておられたのでございますが、

戦後を今も引きずっているのは沖縄だけではありません。



東京のド真ん中には横田基地があり、戦後66年経った今でも

東京上空の管制は米軍の指揮下にあります。

東京のドテッ腹の厚木には米軍の専用空軍基地があり

横須賀は第七艦隊の基地になっています。



太田さまは何かあった時は基地のある沖縄に

敵のミサイルが飛んで来る、と申されておりましたが、

近代のミサイル戦争の要諦を知らぬ素人のザレゴトでございます。



ミサイルが飛び交う戦争状態に陥った時、

敵のミサイルが嘉手納だ、普天間だ、のを襲撃することはありません。

もうその時は戦闘機や爆撃機は飛び立った後と想定されているからです。



敵のミサイルが一にも二にも攻撃対象として狙って来るのは

首都東京であり大阪であり名古屋であります。

ここに三発の核ミサイルを落せば日本はジ・エンドとなるからであります。



何かあったら沖縄に真ッ先にミサイルが飛んで来る、

は東京に核弾頭が飛んで来る比率より遥かに低い確率の話なのであります。

もはや核戦争時にあっては沖縄の米軍基地は張り子の虎であることを

中国政府も米軍も良く承知しているのでございます。

論語の中に 「四十にして惑わず」というのが出てまいりますので、 四十歳になったら迷わなくなるんだと 錯覚する人が結構多いようです。

ある時、私が井伏鱒二先生と一緒に食事をしていた時に 「四十にして惑わず、なんてことは無いですよね」といったら、 井伏先生は「もっと惑うようになるよ」とおっしゃられました。 私は「四十にして惑わず」ということは 「四十歳になったら惑わないようになるだろう」 と思うのは間違いであることを悟るということだ と理解しております。

つまり、四十過ぎたら、 人間は立派になるわけではなくて、 自分は大したことがないということを 悟るようになるということだと解釈しております。

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